最高裁判所第一小法廷 昭和49年(あ)1709号 判決 1977年2月24日
主文
原判決、及び第一審判決中被告人らに関する部分を破棄する。
被告人奥山紀一を罰金三万円に、被告人中島芳正を罰金二万五〇〇〇円に、被告人鈴木喜次郎を罰金四万円に、被告人後藤昌男を罰金二万円に、被告人小原春治、同堀江清治、同三瓶典夫、同佐々木毅、同渡辺正、同齊藤巌をいずれも罰金三〇〇〇円にそれぞれ処する。
被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
被告人らに対し、いずれも公職選挙法二五二条一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定を適用しない。
第一審判及び原審における訴訟費用の負担を別紙のとおり定める。
理由
(検察官の上告趣意第二、一について)
所論は、本件公訴事実第一について、原判決が、被告人奥山紀一、同中島芳正、同鈴木喜次郎が昭和四二年一月二九日施行の衆議院議員総選挙の運動期間中、仙台市役所民生局市民課において行つた演説中で、同市役所労働組合連合会(以下「市労連」という。)が日本社会党委員長佐々木更三候補を推薦していることを組合員に周知徹底させる趣旨の発言をした事実を認めながら、推薦候補決定の伝達があつても、候補者に当選を得させる目的をもつて投票を得るための直接又は間接の勧誘、誘導の内容を兼有するものでない限り、公職選挙法一六六条一号に違反するものではないとの法律解釈を示したうえ、右演説は単なる推薦候補者決定の伝達であつて、同候補者への投票依頼の趣旨が含まれているとの確たる証拠がないから、同条違反の選挙演説にあたらないとしたのは、選挙運動の意義についての当裁判所昭和三八年(あ)第九八四号同年一〇月二二日第三小法廷決定(刑集一七巻九号一七五五頁)に違反するというのである。
公職選挙法における選挙運動とは、特定の公職の選挙につき、特定の立候補者又は立候補予定者に当選を得させるため投票を得若しくは得させる目的をもつて、直接又は間接に必要かつ有利な周旋、勧誘その他諸般の行為をすることをいうものであると解すべきであることは、所論引用の当裁判所の判例の示すところであり、同法一六六条にいう選挙運動についても同様と解されるところ、これによれば、特定の公職の選挙の施行が予定され、特定の人がその選挙に立候補をし、又は立候補が予測されているとき、その者を他の個人又は団体等が当該選挙において支持すべき候補者として推薦することを決めたことについて、かかる推薦候補者決定の事実を団体の構成員に伝達するための演説は、それが内部行為に止まるなど特別の事情のない限り、当該候補者を当選させるための投票獲得の目的をもつてする、必要かつ有利な行為として同法一六六条にいう選挙運動のためにする演説に該当すると認めるのが相当である。
これを本件についてみると、原判決は、市労連が昭和四二年一月上旬ころ、前記衆議院議員総選挙において、宮城県第一区の候補者日本社会党委員長佐々木更三を市労連の推薦候補者として決定し、その旨をその機関紙等により傘下の組合員及びその家族に周知させていたこと、同被告人らは、右選挙の運動期間中である同月二三日、前記市役所民生課において、市労連の職場オルグ活動の一環として演説を行つた際、賃金、ストライキ、春闘問題等に止まらず、政府、自由民主党を攻撃し、同被告人らが支持する日本社会党は、佐々木委員長を頂点にしてがんばつている旨の政治演説に加え、市労連が同党委員長佐々木更三候補を推薦していることを組合員に周知徹底させる趣旨の発言をしたことを認めている。
してみると、市労連が、すでに右演説が行われる以前に、機関紙等を通じて傘下の組合員及びその家族に佐々木候補が市労連推薦候補者であることを伝達して周知させていたのに、選挙運動期間中、同市庁舎に赴き、一般市民も集散する市民課において演説を行い、同候補が推薦候補者と決定したことを重ねて伝達して周知徹底をはかつた同被告人らの行為は、単なる市労連の組織体内の純然たる内部行為に止まるものではなく、同推薦候補者を当選させるための投票獲得の意図のもとに行われた選挙運動のためにする演説と認めるのが相当である。
ところで、原判決は、同被告人らの演説は市労連の職場オルグ活動の一環として行われたものであるが、同演説に推薦候補決定の伝達があつても、候補者に当選を得させる目的をもつてする投票を得るための直接又は間接の勧誘、誘導の内容を兼有するものでない限り、同法一六六条一号に違反するものではないとの解釈に立つたうえ、同被告人らの演説内容をみるに、同被告人ら特に被告人奥山紀一が右許容限度を超え同候補者への投票依頼の演説をしたとうかがえる部分もあるが、これを確認するに足りる証拠を欠くとし、同被告人らの行為は同条に違反するものではないとしているが、これは、推薦候補者決定の伝達を内容とする演説は、すべて同条にいう選挙運動のためにする演説にあたらないというものではなく、同被告人らの右演説は、市労連の組織体内の内部行為に止まり、選挙運動の目的をもつて行つたものとは認められないとの趣旨を判示したにすぎないものと解される。従つて、原判決は、同条にいう選挙運動のためにする演説について、その内容を投票を得るための直接又は間接の勧誘、誘導に限定したものとはいえないのであるから、所論引用の前掲判例と相反する判断をしたものではない。それゆえ論旨は理由がない。
(同上告趣意第二、三について)
所論は、事実誤認の主張であつて刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権により調査するに、第一審の認定する被告人奥山紀一、同中島芳正、同鈴木喜次郎に対する本件公訴事実第一の事実について、原判決は、第一審判決挙示の関係証拠は、相互に演説内容に相違があり、また演説者の順序にくい違いがあること、同一証人の供述についても前後に演説内容に矛盾が認められ、あるいは本件当時から二、三か月後の証人尋問調書作成時におけるより、三年後の公判廷の証言時における方が記憶がはつきりしているとか、被告人一人の発言のみを記憶し、他の被告人の発言について何ら記憶していないなど不合理な点があることのほか、個々の発言が演説のどの段階でなされたか確認できず、発言の真意を誤りなく理解し難い面があるうえ、証拠全体を通じて明確な記憶に基づく正確さに欠けること、供述者の推測や判断にわたる部分があり、しかも、言語の記憶は正確を期し難い面があるうえ、その真意が誤つて受け取られるおそれがあること、第一審判決の認定した事実に反する第一審証拠及び原審証拠があることなどを挙げて、同被告人らの投票依頼を内容とする演説及び事前あるいは現場での共謀の事実を認めるには証拠不十分であり、結局、公訴事実第一は証明不十分であるというのである。
しかし、第一審判決が挙示する関係証拠の供述内容を検討すると、右証拠には、同判決判示の日時場所において、同被告人らが執務中の前記市民課職員及び外来者四〇数名を前にして演説したこと、その演説中には、被告人中島芳正が「市民課の皆さんおはようございます」「奥山県議を紹介します」「市の組合は佐々木更三さんを推薦しているのでよろしく頼む」という発言をし、被告人奥山紀一が「今回の選挙は黒い霧による解散選挙であります。佐々木委員長は全国遊説のため、現在来仙できかねておりますが、二五日ころには来仙します」「推薦していただいてありがとうございます。よろしくお願いします」「佐々木さんに協力していただいて、委員長でもあるから最高点でも当選させるようにみなさんで協力してもらいたい」との発言をしたこと、被告人鈴木喜次郎が自己紹介をし同旨の話をしたこと、被告人中島芳正が「御静聴ありがとうございます」と言い、同被告人らがそれぞれ「よろしくお願いします」という言葉を残して同室から出て行つたとの供述がみられる。
もつとも、第一審判決の挙示する関係証拠相互の間には、演説者の順序についてくい違つた供述をしている者もあるほか、同被告人らの供述を除くその余の供述について、相互間に、あるいは同一供述者の前後において演説内容の細部について多少の相違がみられ、また供述者の中には執務中に演説を聞いたことや、あるいは証言時までにかなりの日時が経過していることなどから、演説内容を終始一貫して記憶しておらず断片的に記憶するに止まる者もあるが、前掲供述を総合的に検討すれば、同被告人らの発言の順序、時期、内容は明確であつて、単なる推測や判断を述べたものとはとうていみられない。また、本件演説が選挙期間中に行われ、労働問題、政治演説に加え、市労連が佐々木候補を推薦している旨の発言もあるが、このことと同候補への投票依頼の発言と混同し、あるいは誤解して供述しているものともとうていみられない。さらに、原判決は、第一審判決の判示事実に反する証拠があることを挙げているが、その説示は具体的でなく、いかなる証拠を指すのか必ずしも明らかでないが、いずれにしても第一審判決の認定を左右するに足りる証拠を発見することができない。
してみると、第一審判決の挙示する関係証拠には、本件公訴事実第一に直接添う証拠がそなわり、かつその信用性を疑わす何らの事由がみあたらないのに、右公訴事実は認定するに足りる十分な証拠がないとした原判決には、重大な事実の誤認があり、右事実誤認は判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
(同上告趣意第三について)
所論のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は本件と事案を異にし適切でなく、その余は単なる法令違反の主張であつて、いずれも刑訴法四〇五条の適法な上告理由にあたらない。
しかし、所論にかんがみ職権により調査するに、
一 原判決は、被告人後藤昌男に対する本件公訴事実第二(一)及び被告人鈴木喜次郎に対する同第二(二)について、第一審判決の事実認定を是認しながら、同被告人らの各所為は、その挙示する諸事情及び公職選挙法一六六条一号の法意に照らし考察するならば、その法益侵害の程度は軽微で、これに対し刑罰を科さなければならない程の違法性があるとは認め難いというのである。
そこで検討するに、同法一六六条が、同条一号に列挙する建物又は施設において選挙運動のためにする演説及び連呼行為を、特定の場合を除いて禁止しているのは、国又は地方公共団体等の所有し又は管理する建物等は、公の目的に利用されるべきものであつて、かかる性質の建物等において選挙運動のためにする演説及び連呼行為を無制限に許すことは、その建物等における公務又はその建物等を利用する一般市民の利用に支障を与えるなど、これらの建物等の本来の設置目的を阻害するおそれがあるばかりでなく、これらの建物等を所有し又は管理する国又は地方公共団体等の職務の公共性、中立性に対する国民の信頼を損なうおそれがあるからである。ところで、原判決の是認する第一審判決の認定によると、いずれも前記衆議院議員総選挙に際し、宮城県第一区の候補者佐々木更三に当選を得させる目的をもつて、(一)被告人後藤昌男は、宮城県の所有する宮城県スポーツセンター建物内において開催された仙台市職員家族慰安会午前の部の席上で、同市役所職員及びその家族を主とする約六〇〇〇名の入場者に対し、市労連委員長代理として挨拶した際「市労連では、今度の選挙に社会党の佐々木委員長を推薦しているので、皆さん佐々木委員長をよろしくお願いする。」旨の演説をし、(二)被告人鈴木喜次郎は、同スポーツセンター建物内において開催された同慰安会午後の部の席上で、前同様約五〇〇〇名の入場者に対し、市労連委員長代理として挨拶をした際、前同趣旨の演説をしたというのであるから、同被告人らの各所為は同法一六六条、二四三条一〇号の罪の違法性に欠けるところはなく、原判決の判示する本件建物の性格、慰安会の性質、被告人らが挨拶するに至つた経緯、挨拶の内容、その相手等は、右違法性を失わせる事情となるものということはできない。
二 原判決は、被告人小原春治、同堀江清治、同三瓶典夫、同佐々木毅、同渡辺正、同齋藤巌に対する本件公訴事実第三について、第一審判決の事実認定を是認しながら、同被告人らの各所為は、その挙示する諸事情及び同法一四二条の法意に照らし考察するならば、その法益侵害の程度は軽微で、これに対し刑罰を科さなければならない程の違法性があるとは認め難いというのである。
そこで検討するに、同法一四二条の趣旨は、公職の選挙につき文書図画の無制限な頒布を許すときは、選挙運動につき不当の競争を招き、これがため選挙の自由公正を害し、その適正公平を保障しがたいこととなるので、かような弊害を防止することにあると解される(当裁判所昭和二八年(あ)第三一四七号同三〇年四月六日大法廷判決・刑集九巻四号八一九頁、昭和三七年(あ)第八九九号同三九年一一月一八日大法廷判決・刑集一八巻九号五六一頁参照)。ところで、原判決の是認する第一審判決の認定によると、同被告人らは共謀のうえ、前同様の目的をもつて、前記スポーツセンター附近で、前記慰安会午後の部に入場しようとする同市役所職員及びその家族を主とする約五〇〇〇名に対し、前記衆議院議員総選挙における市労連の推薦候補者佐々木更三に投票を求める趣旨の文章を含めて印刷記載した同候補の選挙運動のために使用する法廷外文書を各一枚ずつ合計五〇〇〇枚頒布したというのであるから、同被告人らの各所為は、同法一四二条一項、二四三条三号の罪の違法性に欠けるところはなく、原判決が判示する本件文書の性質、文書作成の経過及びその費用、被告人らの役割、頒布の相手等の諸事情は、たとえ原判決の判示するとおりだとしても、右の違法性を失わせる事情となるものということはできない。
従つて、原判断はいずれも前記各法条の適用を誤つたもので、右法令違反はいずれも判決に影響を及ぼし、これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認める。
(結論)
以上により、検察官の上告趣意中その余の所論に対する判断を省略し、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、同法四一三条但書によりただちに判決をするところ、第一審判決中被告人らに関する部分は、刑の量定及び訴訟費用の負担に関しそのまま維持できない点があるので、これをも破棄したうえ、被告事件についてさらに判決する。
第一審判決の認定した事実に法令を適用すると、被告人奥山紀一、同中島芳正の判示第一の各所為、被告人鈴木喜次郎の判示第一、第二(二)の各所為、被告人後藤昌男の判示第二(一)の所為は、それぞれ公職選挙法一六六条、昭和五〇年法律第六三号附則四条、同法律による改正前の公職選挙法二四三条一〇号(被告人奥山、同中島、同鈴木の判示第一の各所為についてはさらに刑法六〇条)に、被告人小原春治、同堀江清治、同三瓶典夫、同佐々木毅、同渡辺正、同齋藤巌の判示第三の各所為は刑法六〇条、公職選挙法一四二条一項、昭和五〇年法律六三号附則四条、同法律による改正前の公職選挙法二四三条三号に、それぞれ該当する(なお、罰金の寡額は、行為時においては昭和五〇年法律第六三号による改正前の公職選挙法二四三条に、裁判時においては罰金等臨時措置法四条によるところ犯罪後の法律により刑の変更があつた場合であるから、刑法六条、一〇条により軽い行為時法のそれによる。)ところ、以上の各罪につき所定刑中罰金刑を選択し、被告人鈴木喜次郎の判示第一及び第二(二)の罪は、刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、それぞれ被告人らの所定罰金額の範囲内で被告人らを主文第二項掲記の罰金に処することとし、同法一八条により、被告人らにおいて、その罰金を完納することができないときは、いずれも金五〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、情状に照らし、公職選挙法二五二条四項により、被告人らに対し同条一項所定の選挙権及び被選挙権を有しない旨の規定をいずれも適用しないこととし、第一審及び原審の訴訟費用については、刑訴法一八一項本文を、連帯負担についてはさらに同法一八二条を適用し、主文第五項掲記のとおりそれぞれその被告人に負担させることととする。
よつて、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。
(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)
(別紙) <省略>